【宮小路瑞穂の憂鬱】

soliloquy.3 スーパーエルダー瑞穂

《 体育館 AM11:30 》

  ――瑞穂ちゃんあぶない! という声に振り向くと、
文字通り目と鼻の先に、バスケットボールが迫っていた。

僕はとっさに、腕を巻くように上半身をひねりながら、
利き足で床を思いっきり蹴って、トンッと後方へ跳んだ。

ほんの一瞬だが、身体が床面に対して平行の線を描く。
側頭部を通りすぎるボールを目端にとらえつつ、回転の
端緒となった右足を早めに着地させ、それで和らげた
遠心力を、さらに両手を着けることでも吸収しておいた。

 イメージとしては、背泳ぎの体勢から急に反転して
クロールに移行する感じだろうか。反射的にだったが、
なんとかボールには当たらず、床面に身体を打ち当てる
こともなく、無事やり過ごせた。パスの練習中に思わぬ
暴投があって、それが僕の後頭部めがけて飛んでいった、
という成り行きらしい。ヤレヤレだ。

「あーびっくりした……って、あれ?」
 起き上がってみると、僕のまわりにいた生徒たちは
超常現象を目の当たりにでもしたようにポカンと呆けていた。
僕に危険を伝えてくれたまりやは「アチャー」という表情。
まさかこんな派手に避けるとは思わなかったんだろう。

「あ、あの、みなさ――」
「「「キャーーーーーーー!!」」」
 黄色い喚声に僕の声はかき消される。
 ――しかたないな、という感じにまりやが大声を上げた。

「さ、さすがは瑞穂さん! 護身術が身についてますのね!
あんなマト●ックス顔負けな動き、シロートでは不可能よ!
聖應史上、これほどまで運動スキルにすぐれたエルダーは
いらっしゃらなかったでしょうねえ。成績もダントツでトップ!
こ、これはもう"スーパーエルダー"としか言いようがないわ!
そう、スーパーエルダー瑞穂ちゃん(S・E・M)なのよッ!」
 まくしたてるうち微妙にハイになってきたのか、まりやは
身振り手振りを加えて大演説を打った。目をキラキラさせて
聞き入るみんなに、僕は何だか申しわけないような気持ちが
わき起こってくる。だって僕、男の子だし……ハハハ……

 ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

《 まりやの部屋 PM8:30 》

 ――というようなわけで、体育の時間は散々だった。
女の子という"設定"で男の子の僕が際立ったところで、
それはズルみたいなもの。かつて紫苑さんは絶対評価で
僕の運動能力をほめてくれたけれども、それでもやっぱり、
結局みんなといっしょにバスケをするのには変わらない。

「ねえ、まりや。やっぱり控えめにしておいた方がいいよね」
「へ? ナニ? アレだったらまあ、仕方ないんじゃないの?」
「へ? 何? アレって?」

「「……」」

「な〜に〜よ〜、あたしの口から言わせるつもり? セクハラ!」
 小悪魔ちっくな薄ら笑いを浮かべながら肘で僕を突いてきた。
ハテナと首をかしげる僕だったが、ハッと思い至って顔が火照る。

「ちょっ、まりや! そんなんじゃないよ! もうっ!」
「にゃははは、瑞穂ちゃんはウブで可愛いなあ、よしよし」
 頭をナデナデされ、僕は自分の情けなさにヘナヘナと脱力。

「……ハァ、あのね、体育の時の話」
「ん? ああ。あれはちょっとやりすぎだったかもねえ」
「反射的に、つい」
「っていうか、何よあの動き? あのタイミングであれを
避けちゃうって、男とか女とか、そういうレベルを越えてるわ」
 まりやはあきれまじりではあるものの感心している様子だ。

「いや、あれは本当に身体が勝手に動くんだ。格闘技の先生が
『心の中で思ったときには、もうすでに行動が終わってる』って
教えてくれたしね。いまの僕にはよくわかるよ」
「……な、なんかどっかで聞いたことあるセリフね。まあいいわ。
えーとね、瑞穂ちゃんの言いたいことはわかるけれど、う〜ん、
本当に本気を出さないかぎり、いまのまんまで大丈夫じゃない?」
 まりやは心配性の友人を見るような目で僕を見つめた。

「そう、かな?」
「なんて言うかねえ、瑞穂ちゃんはもはや"S・E・M"なワケ。
フツーじゃなくて当ったり前よ。みんなの憧れるお姉さまだもん。
いやあ、まさかここまでエルダーらしくなるとは思わなかった!」
 テヘっと笑いながら舌を出すまりや。僕は大きなため息をついた。

 ――男だってバレるような身体能力を発揮しても、
「やっぱりお姉さま(エルダーシスター)ってスゴイわ!」と
フツ〜に受け入れられてしまう僕って、一体……。

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